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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(オ)1164号 判決

上告人

佐竹安続

右訴訟代理人

立入庄司

被上告人

奥田アサエ

外三名

右四名訴訟代理人

篠田桂司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人立入庄司の上告理由第一点について。

農地について売買契約が成立しても、都道府県知事の許可がなければ農地所有権移転の効力は生じないのであるが、売買契約の成立により、売主は、買主に対して所有権移転の効果を発生させるため買主に協力して右許可申請をすべき義務を負い、また、買主は売主に対して右協力を求める権利(以下、単に許可申請協力請求権という。)を有する。したがつて右許可申請協力請求権は、許可により初めて移転する農地所有権に基づく物権的請求権ではなく、また所有権に基づく登記請求権に随伴する権利でもなく、売買契約に基づく債権的請求権であり、民法一六七条一項の債権に当たると解すべきであつて、右請求権は売買契約成立の日から一〇年の経過により時効によつて消滅するといわなければならない。そして、原審の適法に確定した事実によると、本件売買契約成立の日は昭和二四年九月六日であるから、それより一〇年の経過によつて、上告人の許可申請協力請求権の消滅時効は完成したというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は採用できない。

同第二点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 小川信雄 吉田豊)

上告代理人立入庄司の上告理由

第一点

原審の大阪高等裁判所の判決(以下原判決と称する)は、理由の二項で(六枚目の裏二行以下)。「次に、控訴人らは、被控訴人の控訴人らが知事に対し許可申請手続をなすべきことを請求する権利は時効消滅した旨主張するので、まず、右許可申請協力請求権が消滅時効の対象となる権利であるか否かについて検討する。農地の売買契約についての知事の許可は、売買契約の効力発生要件であり(農地法三条)、したがつて、知事の許可がない限り農地所有権移転の効力は発生しないが、右許可申請協力義務は売買契約の成立と同時に発生するものと解すべきである(最判昭和三五年一〇月一一日民集一四巻一二号二四六五頁)。したがつて、それと同時に買主は売主に対し(売主も買主に対し)右許可申請協力請求権を取得するにいたるものというべきであつて、右許可申請協力請求権は債権的請求権と解すべきである。このように右許可申請協力義務及び同請求権は農地の売買契約の目的達成に不可欠のものであり、売主が知事に対する許可申請協力義務の履行を怠つた場合には、売買契約解除の原因となりうるものであつて(最判昭和四二年四月六日民集二一巻三号五三三頁参照)、右許可申請協力請求権をもつて登記請求権に従属随伴する権利とみることはできない。したがつて、知事の許可申請協力請求権はそれ自体消滅時効にかかるものというべくその時効期間は債権として一〇年というべきである(最判昭和四三年一二月二四日民事裁判集九三号九〇七頁参照)。そして本件売買契約成立の日が昭和二四年九月六日であることは前記認定のとおりであるから、それから一〇年を経過した昭和三四年九月六日かぎり、被控訴人の控訴人らに対する知事の許可申請協力請求権は消滅時効にかかり消滅したというべきである。

ところで、被控訴人の本件売買契約による所有権移転登記請求は、知事の許可があつた場合に生ずる登記請求権に基づく将来の給付の訴であるところ、右認定のとおり控訴人らの知事に対する許可申請義務が時効消滅したから、被控訴人が将来右登記請求権を取得しないことはもはや確定的であつて、その所有権移転登記請求もまた失当というべきである。」と判断している。

然しながら、

(1) 原判決は前記の如く上告人の被上告人らに対して請求する知事に対する許可申請協力請求権は債権的請求権と判断しているのは民法一六七条の解釈を誤つた違法がある、即ち

本件農地の所有権は知事の許可の有無に係りなく本件売買契約によつて久澄から、上告人に移転したものである。即ち不動産の所有権の移転は当事者の意思表示のみによつてその効力を生ずるのである。故に本件売買契約は物権契約である。

即ち物権の設定及び移転は当事者の意思表示のみによりてその効力を生ずるものである。

この点については原判決は御庁の左記判例に違反するの違法がある、

(イ) 「売主の所有に属する特定物を目的とする売買においては特にその所有権の移転が将来なされるべき約旨に出たものでない限り買主に対し直ちに所有権移転の効力を生ずるものである」とする御庁の判例(昭和三三・六・二〇・最高裁判決民集一二巻―一五八五)に違反している。

(ロ) 仮に本件売買契約が知事の許可を停止条件とするものであるとしても右条件は所有権移転の効力の発生に係るものであつて、売買契約の性質を変えるものではない。従つて原判決が右許可申請協力請求権は債権的請求権と解すべきであると判断したのは民法一七六条の解釈を誤つた違法がある。

(2) また原判決は右許可申請協力請求権をもつて登記請求権に従属、随伴する権利とみることはできない。従つて知事の許可申請協力請求権はそれ自体消滅時効にかかるものというべくその時効期間は債権として一〇年というべきである、と判断しているが

然しながら知事に対する許可申請協力請求権は登記請求権に従属、随伴する権利である。従つて知事の許可申請協力請求権はそれ自体消滅時効にかかるものではない。何となれば知事に対する許可申請手続及び登記請求権は契約の要素たる債務に属しない、いわゆる附随的債務であるからである。

およそ登記請求権は不動産物権の変動その他の原因で登記が事実に合致しない場合に登記権利者から登記義務者に対し登記申請についての協力を求める権利であり登記請求権の発生原因については実体的権利関係と登記簿上の記載との不一致から当然発生する権利であり従つて物権的請求権に類似し、単独では消滅時効にかからないものである。従つて登記請求権が時効により消滅したと判断した原判決は登記請求権の性質を誤解した違法がある。

第二点 〈省略〉

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